意味のわからない肩書は貴重な機会をムダにする

名刺交換

あなたは肩書を見て何を思いますか?

名刺の名前の上に書いてあるやつです。

部長と課長とどちらが上なのかも知らなかった学生時代は、肩書とは人間を枠にはめるものと考えていた時もありました。

ようするに肩書なんかどうでもよく、仕事さえできればいいと考えていたのですね。

会社員の肩書

会社に入ってみると、会社員はみんな肩書を気にしていました。新入社員は何の肩書もありませんでした。最初に付く肩書が「主任」でした。

会社によって肩書が付き始める時期が違っています。学校の同級生が集まったときなど、早く肩書が付く会社に入った人の名刺を皆で見ていました。

同期入社の人が主任になり始めると、大学院を出た人は早く主任になったり、部門別に一斉に主任になったりと、おおよそのルールがわかってきました。

お客様の昇格なども気にしていて、今年は誰が昇格したかを話題にしていました。

しかし、肩書は、外部から見てわからないことがあります。同じ肩書でも組織内での地位が違うことがあります。

特にカタカナの肩書はわかりません。

マネージャー、シニアマネージャー、グループマネージャー、エグゼクティブマネージャー、プロジェクトマネージャーなど、どう違うのか、どの肩書が上位なのか、その会社の人事規則に精通していないとわかりません。

しかも、その人事規則がコロコロと変わり、ひとつの会社で統一されていなければ、わけが分からなくなります。

個人の肩書

一方、個人で仕事をしている人は、自分の肩書を自由に付けられます。

最近、「肩書なんて何でもいい」と言っている人を見かけました。もったいないことです。

肩書は社会で自分を守ってくれるかもしれないけれど、考えや行動を制限してしまうと考えているそうです。

それでも、聞かれたときに困るので、自分では照れくさいと思っている肩書を名乗っているそうです。

肩書が自分を守ってくれる状況というのは想像できませんが、考えや行動を型にはめる面はあると思います。

この肩書なのだから、こうしなければならない、こうであるべきだということです。

最初に書いた私の学生時代の考えと同じです。

自分で起業して思うのは、肩書は自分の仕事を表現するものです。

始めて会った人に、一瞬で自分の仕事を知ってもらうものです。

いい加減に付けるのは非常にもったいないことです。意味のわからない肩書も機能しません。

個人であれば自分の肩書は自由に決められます。

自分の仕事を一瞬で理解してもらうための肩書を考え抜いて決めます。

肩書で独自の価値を表現します。

長すぎては一瞬で理解してもらえません。一般の人が知らない言葉は使うべきではありません。

私も肩書を何回も変えています。決して、いい加減に付けることはありません。

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