無償のボランティアを求める人の頭の中

ボランティア

町おこし会議で年金生活者が「日当を求める人はダメ、熱意ある若者ボランティアを募ろう」と盛り上がったという話がネットに流れていました。

似たような話は、ときどき耳にします。

あるパーティーで、NPOの理事という人が初対面のITエンジニアに、「Excelを作成するときはあなたに頼めばいいんだ」と言っているところに出くわしたことがあります。

ITエンジニアは意味のわからない顔をしながら、「Excelをやって欲しいならば、もっと単金が安くて得意な人がいますが……」と戸惑っていました。

おそらく、NPOの理事は、無償でExcelを使ったデータ整理をITエンジニアにやってもらえるという意味だったのだと思います。

ITエンジニアとしては、Excelは普通に使えても得意なわけでもなく、無償でやる理由もないため、何を言っているのかわからなかったのだと思います。

このように他人に無償のボランティアを期待する人が少なからずいます。このような人に対し、ビジネスでお金を儲けることが嫌いなのだと解釈する人がいます。

しかし、それは違います。そこで、なぜ、そのような考え方をするのか分析してみました。

動機付けの基本

人が何かをするときは、その動機があります。

最も基本的なものは、自分の欲求を満たすためです。食欲、性欲、睡眠欲をはじめとするさまざまな欲求を満たすために、人は行動します。

2番目はお金が欲しいからです。そのためにビジネスを行います。

ビジネスの基本は、他人が必要とするものを提供し、その対価としてお金を得ることです。

人が困っていれば、その原因を見つけ解決することで対価をもらいます。医者などがいい例です。

他人を喜ばせることで、対価をもらう人もいます。芸人などです。

自分の欲求やビジネス以外で行動を起こすのは、抽象的な価値観に共感した時です。政治的な行動がこれに当たります。

困っている人を助けてあげる動機としては、上のすべての場合がありえます。

助けてあげることにより、相手を思いのままにしようという支配欲が動機となっている場合があります。この場合、普通、本人はそれを意識していません。

ビジネスとして行動する場合もあります。

人道的な理由で行動する場合もあります。

他人に無償のボランティアを期待する人は、他人も自分の価値観に共感し、無償で行動することが当然だと思い込んでいます。

価値観の共有

ところが、その価値観が共有されていません。

最初の町おこしの例では、そもそもなぜ町おこしをする必要があるのか、共有されていません。

人口が減り、町がさびれていき、生活しにくくなるならば、都会に移り住めばいいと赤の他人は考えます。

古い町の文化がなくなるというならば、都会でそれを広めればいいことです。

子供の時から住んでいる町を離れたくないというのは、本人のわがままにしか聞こえません。

仮に、日本だけで考えても、生まれた町に死ぬまで住んでいる人は、どれほどの割合でしょうか。それほど高いとは思えません。

若者の多くは、大学に進学するとき、あるいは就職するときなどに、都会に出てきます。町おこしが必要なところには、魅力も仕事もないと考えるからです。

町おこしの例ならば、若者が共感できる町おこしの価値がなければなりません。

その価値観の共有もなしに、若者に無償のボランティアを期待しても無理な話です。

NPOも同じです。NPOの理念や目的の話もなく、突然、「Excelをやってもらえる」と言っても戸惑わられるだけです。

まとめ

他人に無償のボランティアを期待する人は、自分の持っている価値観を相手も持っていて当然と考えています。

それがどんなに独りよがりな価値観でも、それに気づいていません。

このような人には価値観が共有できていないことを知らせてあげるしかありません。

もちろん、相手は怒り出す可能性もあります。

彼らは決してビジネスでお金を儲けることを否定しているわけではありません。自分の持っている価値観のためなならば、無償で働いて当然だと思い込んでいるのです。

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