自由と義務の関係

 「自由とは義務を果たしてこそ自由」ということを書いている人がいましたが、これを読んでしっくりこないものがありました。自由と義務とは本来無関係のものではないかと思ったのです。

 自由とは本来、人間が持っているものです。それに対し、義務とは、ある社会で生きるために、その社会に属する人が守らなければならない要件です。

 日本国憲法では、勤労、納税、教育を受けさせるという義務が定められていますが、これが嫌な人には、国籍離脱の自由を認めています。

 公立学校の卒業式で君が代を歌わない教師を懲戒処分にするということが、問題になっています。最高裁が、公立学校で君が代を歌わせることを認めました。それであれば、公立学校の教師であれば、卒業式で君が代を歌わされるのはやむを得ないと考えるべきです。嫌ならば、公立学校の教師をやめるという選択肢があります。

 また、国民審査で君が代の斉唱を認めた最高裁判事を罷免して、最高裁の判断を変えさせるという手段も、日本国民にはあります。君が代を歌いたくない公立学校教師は、卒業式で歌わないという市民的不服従の手段よりは、こちらの手段をとったほうが有効ではないでしょうか。

 ルソーが『社会契約論』で説いたように、本来自由な人間が、共同で社会生活を営むために定めたルールのひとつが義務です。

 義務を守らないものは、その社会から排除されます。そのかわり、その義務が嫌ならば、その社会から出ていく自由もあるということです。

 可能かどうかは別として、あらゆる社会の義務が気に入らなければ、ひとりで生きていく自由はあるということにもなります。

 自由とは人間の本源的権利としてあるもので、ある社会に属するときに限り、そこで定められた義務を負うと考えるべきです。義務を果たさなければ、自由はないというものではありません。

 「自由とは義務を果たしてこそ自由」は、順序が逆になっています。

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