「自分のアタマで考えよう」さもないと「まじめの罠」にはまります

 ちきりん「自分のアタマで考えよう」を読みました。

 本書のあとがきで、数学の勉強方法として、問題を見たらいきなり解かずに解答を見て、解答方法を覚えていくという方法をとっていたことが書かれています。数学が苦手な人が効率的に数学の受験勉強をするための手段として考えた方法です。受験問題がそれで解ける問題がほとんどである現実からすると賢明な方法かもしれません。

 私は、数学は抽象的な思考力の訓練だと思っていました。小学生のときから大学生になるまでそう思っていました。数や図形を使った頭の訓練です。三角形の内角の和が180°になることの証明のために、底辺と平行で頂点を通る補助線を引きます。なぜ、その補助線を思いつくのかは説明できませんが、補助線を引くことによりきれいに証明できます。それが快感でした。

 数学の問題の答えを見てその解き方を覚えるなんてことは想像もできませんでした。一番おもしろい問題を解くことをせず、いきなり答えを見て解法を覚えるなんて、お皿の上のおいしい料理を捨ててしまって、残ったソースだけ一生懸命なめて料理を味わった気になっているようなものです。自分で解いた問題であれば、解法を覚える必要もありません。同種の問題であれば簡単に解けるし、だいたい同種の問題なんてやる気になりません。問題を見て同種の問題とわかればやらずにとばします。それが高校時代の数学の勉強方法でした。

 自分の頭で考えないくせは、もしかしたら受験勉強の弊害かもしれません。短時間に入試問題で合格点とれるようになるためには、自分で考えるよりは人の考えた解法を覚えてまねる方が効率的です。しかし、その結果、勝間和代さんのいう「まじめの罠」にはまっていくことになります。

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