組織の中で生きるということ

家

私には、高校生ぐらいの頃から気になっていた人がいます。森鴎外と小椋佳です。

森鴎外と小椋佳

森鴎外は、「舞姫」、「高瀬舟」、「澁江抽斎」などの小説を書きながら、陸軍軍医を続けました。小椋佳は「シクラメンのかほり」などの作詞、作曲を行い、シンガーソングライターでありながら、銀行員を続けました。

なぜ、組織人でいつづけたのか興味がありました。

父は靴屋を営んでいました。世の中がバブル景気にわいていたときでも「売れない。売れない」と言っていました。

会計もマーケティングも経営学も知りませんでした。不良在庫をたくさん抱えていても在庫を財産と考えていました。

家は貧乏だから学校は公立だけ、私立にはやれないと子供の頃から聞かされていました。

そんな中で、私は将来の職業についてのイメージがまったくつかめませんでした。分かっていたのは、零細小売業はまったく将来の展望がないということぐらいでした。

商売にはまったく興味がなく、理数系の科目が得意で好きだったという理由で、大学は工学部を選びました。大学時代にアポロ計画に関する本を読んだころから、システム科学に興味を持ち、システムエンジニアになろうと考えました。

当時、外資系の会社はいつ日本から撤退するか分からないから避けたほうが良いという話を聞いており、日本のコンピュータメーカーに入社しました。

会社

一つの組織の中で30年以上も過ごしていると、組織の標準を世の中の標準と思い込んでしまう弊害があります。組織の中では当たり前だと思われていることが、世の中ではそうではないことに気づかないということです。

十分に気をつけているつもりでも気のつかないところでそうなってしまっていることはありえます。むしろ、当たり前だと思い込んでいることほど、気づかないでしょう。

私は結婚してから会社の人とゴルフをやらなくなりました。

結婚後、妻から一緒にテニスをやろうといわれ、テニスラケットを誕生日にプレゼントされました。テニススクールに通い始めたらゴルフの練習をする時間がなくなりました。

そのため、休日を妻と過ごす時間が、ゴルフのために削られるということがなくなりました。

会社は持ち家を勧めていましたが、マイホームも買っていません。転勤でどこに行かされるか分からない状態でのマイホーム購入は、リスク以外のなにものでもありません。

名古屋に約4年間住みましたが、東京に比べると家賃は驚くほど安いものでした。定年後はどこに住むかをよく考えて決めようと思っています。

まとめ

 組織と個人の生活のバランスをとりながら選択をしていく、それが大切だと実感しています。

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