ワープロの使い方の変遷―清書から簡易KJ法まで

 最初の日本語ワードプロセッサは、1978年に発表された東芝のJW-10でした。机ほどの大きさで、630万円でした。私は、これを初めて見たとき、かな漢字変換に驚嘆しました。

 1980年になると、各社から日本語ワードプロセッサが発売されました。私が初めて使った日本語ワードプロセッサは、罫線を引くときに、プリンタの機能キャラクタを直接入力するものでした。罫線の多いドキュメントを作成するときは、プログラムのデバッグに近い作業が必要でした。

 そんな日本語ワードプロセッサでしたが、会社では主に清書用に和文タイプライタの代わりに使っていました。当時、和文タイプライタは契約書などの清書用に使われていて、活字を一文字ずつ拾い上げてタイプする方式でした。修正が許されない文書の場合は、間違えたときに最初から打ち直しになります。そのため、文書の終わりに近づくほど、タイピストのストレスが急激に高まっていました。日本語ワードプロセッサのセールスポイントの一つに和文タイプライタのタイピストのストレスを大幅に軽減するというものがありました。

 数年後、初めて日本語ワードプロセッサで作成したことを売りにした本を書店で見つけました。すべての原稿を日本語ワードプロセッサで作成し、活字の代わりにドットインパクト式プリンタの丸っこい文字で印刷された本でした。ついに日本語ワードプロセッサで本を作れるようになったのだと感慨深いものがありました。

 会社で、自分の机の上でPCのワープロソフトを使って文書を作るようになったのは、1990年ごろだったと思います。文書作成が劇的に快適になりました。さらに、数年後には電子メールが使えるようになり、連絡手段の主流が電話から電子メールにシフトしていきました。

 私は、このブログをエディタを使って書いていますが、日本語ワードプロセッサもワープロソフトも広い意味ではエディタの一種です。私は、手書きとエディタの最大の違いは、修正が楽なことだと思っていました。ところが、ブログを書くようになって新しいことに気づきました。手書きでは不可能な文章の書き方ができることに気がつきました。

 私は、ブログを書くときに、頭の中が整理できていないまま、思いついたことを断片的にどんどん書いていくことがあります。ある程度書いたところで全体を見直して、文章をあっちに持っていったり、こっちに持っていたりしながら、書き足して全体の文章を作っていきます。KJ法では、カードに思いついたことを書き出し、カードを並べて、全体を眺めながら、関連のありそうなカードをまとめていき、最終的に文書にします。ちょうど、その課程をテキスト上で行っている感じです。手書きであれば、カードを使わなければできなかったことを、エディタを使って、テキスト上で行っています。

 意識的に行ったことではないですが、気がついたら簡易KJ法をエディタで行っていたということです。

 KJ法については、次の本が参考になります。

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