あいまいは美徳か

アスター

 日本古来の考え方に、あいまいは美徳であるという考え方があります。何か事件があっても、人を責めず、人を傷つけずにすまそうという思いやりの心だという主張です。

 しかし、この考え方は現在のビジネスでは、受け入れられません。打合せの時間をあいまいにしておき、長時間待たされたのではたまりません。

 事故があった場合は、その原因を調べ、再発防止策を講じなければなりません。あいまいにすまそうとすることは、再発を引き起こすことになります。

 いわゆる仕事ができない人のタイプに、なんでもあいまいなままにしておく人がいます。自分の意見を表明しません。常に空気を読み、波風が立たないようにします。判断を人に仰ごうとします。自ら決断することはありません。古い体質の会社では、このような人でも出世したのかもしれませんが、現在では難しくなっています。

 なぜ、あいまいは美徳であるという考えが発生したのでしょうか。あいまいにしておくことは、人を傷つけない思いやりの心を持つことだといいます。人を傷つけることを極度に怖れた心理です。裏返すと自分の心を傷つけられたくないという心理です。傷つくのが怖いという心理です。

 そのように考えると思春期のことを思い出してきます。思春期は体も心も急激に変化し、自意識が芽生えます。あのころには、傷つくことが怖いという意識がありました。だから、人も傷つけたくないと思います。そのために必要以上に気を遣うこともありました。

 あいまいは美徳という考え方は、思春期の未熟な考え方と同じです。おとなになれば、人間の心理に対する理解が深まります。他人の考えていることもある程度わかるようになります。

 そのために合理的な行動が増えます。あいまいが美徳だという考え方には、成長を拒否し、子供のままにとどまった未熟な精神が、元にあります。

 特にグローバル化し、風俗、習慣、宗教の違う人たちとつきあうためには、お互いの違いを尊重しつつ、合理的に行動するしかありません。あいまいは美徳という考えは、たとえ日本古来のものだとしても捨て去るべき考え方です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローはこちらからお願いします。

会社勤めから起業するためのウェブ集客セミナー
会社勤めから起業するための7つのステップ