ネットの罵詈雑言が日本に多い理由

パソコン・ビジネスマン

 日本のネットには、おそらく実世界では使わないだろうと思わせる罵詈雑言を浴びせる人がいます。匿名のネットでは、特に顕著です。

 ところが、米国ではそれほどではありません。その理由は、匿名でしか発言できない弱虫、意気地なし、ひきょう者と思われることを嫌うためという説があります。

 しかし、このような心理は日本では起きないのでしょうか。匿名であれば、それは自分とは無関係で、他人が何と思おうが関係ないという心理になるでしょうか。自分だとわからなければ、平気だと思えるのでしょうか。

 これは、個人差が大きい問題で個人を比較しても無意味です。しかし、日本と米国のネットの状態を比較すると差がありますので、日本と米国で考え方、感じ方が違うように思えます。

 キリスト教では神が常に見ているという考え方があります。しかし、日本でもお天道様が見ているという言い方があります。恥の文化だとも言います。このあたりの問題ではなさそうです。

 想像力の問題かもしれません。米国には、匿名だとしても、弱虫、意気地なし、ひきょう者とは思われたくないという想像力が働く人が多いのかもしれません。

 それに対して、日本では、匿名で罵詈雑言を浴びせると、他人から弱虫、意気地なし、ひきょう者と思われるかもしれないと想像する人が少ないのかもしれません。

 匿名の人格は、自分とは別であり、自分とは別の人格が何と思われるかまでは、考えがおよばないのかもしれません。あたかも人形のように、自分とは無関係の無機物として感じるため、その人形が何と思われるかなどとは想像もできないのです。

 このような想像力は、差があるとしても、日本でも誰もが持っていると思います。しかし、罵詈雑言を浴びせるカタルシスの方が、勝っているのだと思います。普段は自分を抑え言いたいことも言わずにいて、匿名であれば抑圧から解放され、言いたいことを言えるという快感が、想像力よりも強いということです。

 日本の方が米国よりも、普段言いたいことも言えない抑圧された生活を送っている人が多いということだと思います。

 経済的格差は日本の方がまだ小さいです。しかし、人種差別や民族差別はわかりません。米国ではこの数十年間で大幅に改善されました。マルコムXやキング牧師が暗殺された1960年代には、黒人の血を引く大統領など想像もできませんでした。

 最近の日本では路上でヘイトスピーチを叫ぶ人がいます。米国よりも日本の方が、言いたいことを言えずに生活している人が多いのかもしれません。

 ネットの罵詈雑言は、普段の生活で言いたいことも言えない抑圧された生活を送っている人が、米国よりも日本の方が多いことを示しているのだと思います。

 なお、一見匿名に見えるネットですが、個人の特定は可能であり、決して匿名ではないことを書き添えておきます。

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