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ちきりんさんは、ブログを「12歳の時の私」をターゲットに書いていると言っています。

12歳の時の私のために – Chikirinの日記

12歳というと、小学校6年から中学1年にかけてです。私が12歳になったのは、1969年1月です。メキシコオリンピックのサッカーで、日本が銅メダルをとった影響を受け、放課後は小学校の校庭でサッカーをしていました。

中学校に入学するときは、大人に近づく不安感と期待感を抱えていました。

世の中は、70年安保闘争やベトナム反戦運動、成田空港問題で騒がしかった時代です。

新聞はまだ難しくて読めなかったと記憶しています。家には親が子供のために買った「少年少女世界文学全集」や「少年少女学習百科事典」といった本がありました。その中から興味を持ったものだけを読んでいました。

中学1年の国語の教科書に芥川龍之介の「鼻」が教材として取り上げられていました。それで芥川龍之介に興味を持ち、家にあった日本文学全集の中から、「河童」を苦労して読んだ記憶があります。

大人向けに書かれたものを普通に読むようになったのは、中学2年になってからだったと思います。

国語の教科書に「走れメロス」が取り上げられていました。そこから太宰治に興味を持ち「人間失格」と「斜陽」を読みました。「走れメロス」は少しも面白いとは思いませんでしたが、「人間失格」は感動しました。

こんなに心の内面を赤裸々に表現してしまっていいのだろうかと思いました。笑いをとるために、わざと鉄棒に失敗して転んだとき、「ワザ、ワザ」と見破られたところなどは、背筋が寒くなりました。

ちきりんさんは12歳で、星新一、松本清張、山崎豊子など、社会派小説を次から次へと読んだそうですから、早熟な人です。

私が中学2年になるときに、よど号ハイジャック事件が起き、中学3年のときは、連合赤軍事件が起きました。そのころから、世の中の動きに興味を持ち、新聞も読むようになりました。

テレビでは、アニメも見ていましたが、連合赤軍事件についても知ることもできました。

私の場合は、家に親が買った日本文学全集があり、新聞も購読していましたので、大人向けのものを自然に読むようになりました。残念ながら家の近所の本屋では漫画雑誌を買うだけで、一般書籍を立ち読みすることはありませんでした。

中学校に図書室がありましたが、ほとんど入ったことはありません。一度だけ、授業で好きな本を図書室で探して、読むように言われたことがありました。

私は、太宰治の「駆込み訴え」を見つけて読みました。テンポよく一気に読みました。ほかにどのような本があったかは覚えていませんが、「駆込み訴え」があったことからも中学校の図書室は子供を対象とした本ばかりではなかったと思います。

人により差はありますが、中学生時代は子供から大人に急速に変わる時期です。この中学生時代にリアルな社会を知る環境があることは大切です。

私の場合は、テレビと新聞と家にある本でした。それは家庭環境により違います。

ちきりんさんは、どんな子でも手に入るインターネットに、12歳の自分のような子供に向けて書いていると言います。

しかし、インターネットは玉石混交です。おもしろ動画はすぐに見つかりますが、良いものは自分から探さなければ見つかりません。子供に、良いものとそうでないものを見分ける力があるとも思えません。

やはり、インターネットは、自分の頭で考える能力を獲得した人だけが使いこなせるメディアです。子供には大人が選択した情報を与える必要があります。

テレビも本や雑誌も、子供に見せたくないものは区別されています。その意味ではインターネットも同じです。大人が区別すべきです。

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