やはり時代遅れです!『社畜のススメ』

 刺激的な書名ですが、著者がススメているのは「クレバーな社畜」です。「クレバーな社畜」とは、自分の頭で考えて指示命令の通り働くことです。はじめは、指示命令の通りに働くことにより、仕事に必要な基礎が研磨されます。模倣により先達の技術が身につけられます。自分の頭で考えることにより、確実に基礎が身につき、より技術が磨かれます。

 また、著者は、世阿弥の「守破離」を引用しています。「守」では、師に決められた通りの動き、形を忠実に守ります。「破」では、基本に自分なりの応用を加えます。「離」では、自由な境地に至ります。新入社員は「守」の段階です。この段階では、徹底的に基礎を学ばなければなりません。そのためには、師に決められた通りに働き、模倣することが有効です。

 さらに、著者は「法に触れる指示命令、人に危害を与える指示命令に対してまで社畜になる必要はない」とか、「深刻な心身の問題につながるような我慢は、決してすべきではない」と留意事項をつけることも忘れていません。

 また、個性を大切にしたり、自分らしく生きたり、会社の歯車になりたくないならば、サラリーマンにはならない方が良いことは同意できます。

 ここまでは、言葉は過激ですが妥当な主張に思えます。しかし、著者の主張に違和感はぬぐいきれません。ひとつは、「守」の段階を12年としていることです。単に、勤務年数を三等分して12年としています。熟練を要する技術の習得には、10年以上の期間が必要なものもあります。しかし、基礎の習得に12年は長すぎます。簡単な基礎であれば一度経験すれば十分です。12年かけて習得するものは、もはや基礎ではなく、熟練技術でなければなりません。熟練技術は、「守」ではありえず、「破」を経由して、「離」となるべきです。

 自分の頭で考えたとしても、指示命令の通り働く期間が12年は長すぎます。著者は世の中の変化が昔に比べると格段に早くなっていることに気づいていないかのようです。指示命令の通り動くだけでいいのは、どんなに長くても1年です。それ以降は、身につけた基礎を元に、新しい知恵を出すことが必須です。過去の仕事を踏襲するだけで事業を継続できる時代は終わっています。現在は、常に知恵を絞り出し、変化に対応しなくては生き残れない時代です。

 「辛抱をしなければ、偏りのない知識が習得できないことを認識してください」といっていますが、同じ環境に長期間浸かっていると、その環境が当たり前になり、偏っていてもわからなくなります。会社の歯車となり、指示命令に従ってばかりいると、いつしか指示命令が妥当なものであるかの検証もしなくなります。その結果、法に触れる指示命令であっても気がつきません。仮に気がついたとしても、指示命令に従うこと以外の選択肢を取ることさえ思い浮かびません。その結果が、オリンパスや大王製紙の法令違反です。

 本書には、重要な注意事項が抜けています。仮に、基礎を学ぶことに長期間かかるとしても、その基礎が世界的に見て時代遅れではないのか、偏ってはいないのかという視点を失ってはいけません。グローバルに通用しない基礎を長期間学び続けるほど危険なことはありません。

 以前の日本社会では、転職は圧倒的に不利でした。新卒以外での就職先は普通には見つかりませんでした。それが、変わってきています。まだ、米国ほどの流動性はありませんが、この流れは止められません。この観点も著者には抜け落ちています。

 著者は、サラリーマンの四大タブーとして、「個性を大切にしろ」「自分らしく生きろ」「自分で考えろ」「会社の歯車になるな」をあげていますが、「自分で考えろ」をタブーとすることは、著者のススメる「クレバーな社畜」すなわち自分の頭で考えて指示命令の通り動くことと矛盾しています。最後は、その指摘だけにしておきます。

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