自分の葬儀で集まってくれた人に何と言ってほしいですか?

 自分の葬儀で、集まってくれた人たちに、何と言ってほしいだろうか。この問は、『7つの習慣』にも、『ビジネスモデルYOU』にもでてきます。初めてこの問について考える人は、自分自身の心の奥底にある価値観に触れることになります。

 私が初めてこの問を聞いたのは、あまりはっきりとは覚えていませんが、『7つの習慣』の講習会を受講したときだったと思います。そのときにどのように考えたかも、あまりはっきり覚えていません。

 今、改めて考えてみると、人からどう言われるかは関係ないという感覚があります。人からよく見られたい、人から良く言われたいと考えることが無意味に思えるのです。死んでしまったら、人が何を言おうと関係ない。無意味になるという感じです。

 もちろん、人から恨み言を言われたり、墓につばをかけられるようなことには、なりたくないという気持ちはあります。そうではなくて、実際の自分以上によく見られたいという気持ちがないということです。

 代わりに、どのように死にたいかと考えると、浮かんでくる心象があります。人は死ぬときに走馬燈のように自分の生きてきた人生がみえるという話があります。その時に、「ああ、なんて楽しくて、幸せな人生だったんだ」と思って死にたいという心象です。

 もともとこの「自分の葬儀で、集まってくれた人たちから、何と言ってほしいだろうか」という問は、人生の最後の姿を思い描き、それを念頭に置いて、自分にとって何が本当に大切なのかを考えて、これからの行動を決めていくためのものです。自分の人生の目的を明確に意識させるものです。

 これを行うと、転職したり、独立したりする人がいると、私が受講した講習会の講師が言っていたことを思い出します。ちょうど、勤めている会社が早期退職制度を開始した時期でもあったので、社員に『7つの習慣』を受講させるのは、早期退職をしてもらえるとありがたいと、会社が考えているためだと勘ぐったものです。

 自分にとって何が本当に大切なのかを考えるためには、「あなたは、死ぬときに自分の人生がどのようなものだったと思い出して死にたいですか?」という問のほうが、他人が介在しない分、良いように思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローはこちらからお願いします。

会社勤めから起業するためのウェブ集客セミナー
会社勤めから起業するための7つのステップ