『「有名人になる」ということ』を読んで感じたこと

 もう、30年以上も前のことですが、ある甲子園をわかした野球選手が、「ストリップも見に行けなくなった」と週刊誌のインタビューで答えていました。まだ、学生だった私は、それを読んで有名人になどなるものじゃないと思ったものでした。

 本書では、「有名になるということは、不特定多数に知られている」ということであり、「不特定多数が観るマスメディア、とくに地上波のキー局のテレビにコンスタントに出ているということ」と定義しています。有名人になったメリットは、「人脈のひろがりによるチャンスのひろがり」と「発言力がつき、やろうと思ったこと、考えたこと、目指すことができやすくなる」ということです。逆にデメリットは、「『衆人環視の中』で生きるということ」や「見知らぬ人たちから批判され攻撃されることを『日常』と考えなければいけないこと」です。

 社会的活動により名前と顔を知られるようになることは、避けられません。有名になることは、ものごとを成し遂げたときの副作用のようなものです。しかし、テレビのバラエティ番組に出演して名前と顔を知らせることに、それほど意味のあることとは思えません。バラエティ番組に出なくても、「人脈のひろがりによるチャンスのひろがり」や「発言力がつき、やろうと思ったこと、考えたこと、目指すことができやすくなる」ことは、十分に可能に思えます。

 仮に社会的活動であるていど有名になったとしても、バラエティ番組に出演して、「不特定多数が観るマスメディア、とくに地上波のキー局のテレビにコンスタントに出ているということ」になろうとは、私は、本書を読んでも思いませんでした。「特定のセグメントの人に知られている」だけで十分です。ストレングスファインダーの自我の強さの違いかもしれません。

 本書で紹介されている有名人になる方法は、実際にこれまで勝間さんが実践してきた方法です。「不特定多数が観るマスメディア、とくに地上波のキー局のテレビにコンスタントに出ているということ」になろうと思わなくても、キャリアアップのための参考になります。

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