アフィリエイトと賄賂とウソの問題

DJ

 1950年代のアメリカにアラン・フリードというラジオDJがいました。当時、黒人に親しまれていた音楽を自身の番組内で積極的に放送し、白人の若者達の間に紹介し、流行させ、定着させました。

 フリードは、全米で白人・黒人の若者に支持されるカリスマ的存在になりました。しかし、白人のなかには黒人音楽を広めるフリードに、非難を浴びせる人も少なくありませんでした。

 フリードは、特定のレコードを流す見返りに、レコード会社からお金をもらっていました。そのやりとりは業界内で慣例化されたもので、謝礼行為の一部として認知され、違法ではありませんでした。今でいうアフィリエイトと同じです。

 しかし、米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP)は、これを放送倫理上の腐敗として激しく非難しました。商業上の賄賂と見なし、違法とする法律を議会に制定させました。これにより、フリードも失脚させられました。

 フリードの受けていた見返りは、直接的なものだけでなく、作曲者として自分の名前を入れさせたという話もあります。そうすることにより、著作権料が入るようにしたわけです。

 作曲していない人を作曲者としていたという話は、日本でも最近ありました。全聾の作曲家としてキャラ付けし、人の作った曲を自分が作曲したと言っていました。

 音楽を学んだ人であれば誰でも作れるような曲であったため、作曲した人ははじめ軽い気持ちで曲を提供したようです。しかし、全聾の作曲家の曲として有名になり、オリンピックにも使われることになったため、公表したということです。

 フリードは、黒人の音楽を普及させるため、その見返りに作曲者に名前を連ねました。自称全聾の作曲家は自分のブランディングのために、人の作った曲を利用したところが根本的に違うところです。

 書籍でも、実際に書いていない人が著者となっていることは、珍しくありません。著者が多忙あるいは文章を書き慣れていないという理由で、著者の有用なコンテンツが埋もれてしまうことは、社会的に大きな損失です。そんな著者の代わりに、長時間のインタビューをして本を書くことは、有意義なことです。

 一見似ている3つの例をあげましたが、細かく考察するとかなり違います。フリードが特定のレコードを流す見返りにお金をもらう行為は、合法である時期であれば、何ら問題のない行為です。

 見返りのお金を非合法とされては、刑務所に入りたくなければ、見返りとしてお金をもらうことをやめざるを得ません。作曲者として名を連ねる行為は、収入を維持するための方法でしたが、ウソはますます反感を買うことになったと思います。

 自称全聾の作曲家は、良い曲を広めようとしたわけではないようです。自分のブランディングのために、他人の曲を利用しただけです。

 書籍の場合には、文章を書けない著者のコンテンツを世に広めるという意義があります。しかし、誰が書いたかは、きちんと表紙に明記すべきです。

 目次の後のスタッフ欄に「構成」だとか「編集協力」として書かれたり、奥付に担当編集者などと並んで書かれたりするだけでは不十分です。誰もが書いた人がわかるような表記にすべきです。そうすれば、うさんくさい目で見られることはなくなります。

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