ノーベル賞をとるようなことは、すぐには役に立たないこともあります。
スーパーカミオカンデでニュートリノをとらえノーベル物理学賞を受賞した梶田隆さんは、「この研究は何かすぐ役に立つものではない」と話しています。
アニメやゲームも役に立たないようですが、日本が世界に発信できる文化となっています。
芸術も役に立たないように思えます。
このようなことから、役に立つことだけを追い求めていると、面白いものが生まれないと考える人がいます。
はたしてそうでしょうか?
役に立つこととは
一般にお金を稼ぐことは、価値を創造し、価値を提供することの対価としてお金をもらうことです。
価値がなければお金をもらうことはできません。もちろん何に価値を認めるかは、人により違います。時代や地域による差もあります。文化が価値を決めている面もあります。
現代の日本社会が純粋科学に価値を認めているから、梶田さんは東大教授としてお金をもらうこともできます。
純粋科学には、今すぐに役に立たなくても、将来役に立つという面があります。長期的な視点が必要です。
アニメやゲームもそれを喜んで見たり遊んだりする人の役に立っています。だれも見もせず遊びもしないアニメやゲームは役に立ちません。
絵画や音楽の芸術作品も同じです。
楽しいことは役に立つこと
「役に立つものだけを追い求めているからつまらなくなる」という意見の根拠は、純粋科学や芸術は役に立つものを追い求めることからは生まれないことです。
確かに直接の動機は楽しいからやるというものです。純粋科学も芸術も楽しいからやるものです。
しかし、一流の人は皆仕事を楽しんでいます。仕事を楽しめずに、いやいややっていては、一流にはなれません。
他人にコントロールされたくないという人も、他人にコントロールされると自分が楽しいと感じることができなくなるからです。
自分が楽しいと思うことをやれば、その結果を楽しんでくれる人がいます。楽しんでくれる人にとっては、それは価値のあることです。
すなわち、自分が楽しいことをやれば、誰かの価値になることを生んでいる可能性が高まります。それは役に立つことでもあります。
役に立つことだけを追い求めているからつまらなくなるのではなく、短期的に役に立つことだけを追い求めていると、新しい大きな価値を生むものを生み出しにくいということです。