ものごとを改善するためには、変更が必要です。ところが、変更しないほうが良いこともあります。現状が最高であれば、変更しないほうが良いですが、そうではないときでもあります。
ナッシュ均衡と言われる状態です。ナッシュ均衡とはゲーム理論の一種です。プレイヤー全員が互いに最適の戦略を選択した結果、自らの戦略を変更する動機のない安定的な状態になる戦略の組み合わせを言います。
例えば、世界共通語としての英語は、ナッシュ均衡がなりたっています。英語以外の言語を世界共通語にしようとした試みとしては、エスペラント語がありましたが、うまくいきませんでした。エスペラント語を学んでも使えるところがありませんでした。
逆に一見、ナッシュ均衡が成り立っているように見えても、そうではない場合もあります。
現在、キーボードはQWERTY配列が最も使われています。この配列は、打鍵式タイプライターでは速く打ちすぎると文字を打つアームが絡まってしまうため、打鍵速度を落とす配列として考案されたという説が一般的です。
打鍵式タイプライターがなくなっても、この配列はなくならず、最も普及している配列の地位を保ち続けています。
キーボードの製造側から考えると、配列を変更すると使う人が少なくなり、売れなくなります。使う側では、入力方式を変更すると、使えるキーボードが手に入りにくくなります。そのために、打鍵速度の遅くなるキーボード配列を使い続けることになります。このように考えると、ナッシュ均衡のようですが、残念ながら違います。
実際には、他の配列のキーボードや入力方式も存在します。日本語入力の親指シフトなどは根強いファンがいます。キーボードが手に入らないため、刻印された文字と違う文字を入力するエミュレータまで開発されています。
より高速の入力のために親指シフトを使うという戦略が存在し、実際に使い続けている人がいます。ナッシュ均衡にはなっていません。
QWERTY配列がいまだに普及している理由は、人が一度訓練により身につけた技術は、変更するためには、身につけたときよりも多くの努力が必要なためです。スポーツで一度変な癖をつけると、直すには癖がついたときの何倍もの練習が必要になることと同じ理屈です。
車のアクセルとブレーキの位置関係はどうでしょうか。右がアクセルで左がブレーキという位置関係は、変更するメリットはなく、デメリットが非常に大きいため、ナッシュ均衡が成り立っています。
アクセルとブレーキを踏み間違えたという事故が報告されているため、踏み間違えのないアクセルとブレーキも考案されています。アクセルは足をねじることで操作し、ブレーキは踏み込むことで操作するものです。
これは、ナッシュ均衡ではなく、後戻りできないため普及を妨げています。一度、新しいアクセルとブレーキの仕組みの車を運転したら、従来の仕組みの車を運転することが非常に危険になります。
まとめ
最善の戦略とは限りませんが、変更すると不利になるため、全員が同じ戦略を採り続ける状態がナッシュ均衡です。一見ナッシュ均衡が成り立っているように見えても、単に変更のハードルが高いだけの場合もあります。