「まじめの罠」

 私は子供のときからあまり変わっていませんが、私のまわりはどんどん「まじめ」になっている気がします。

 中学校時代は、親とか教師という権威に反発する人がまわりにもたくさんいました。むしろ親とか教師だという理由で反抗していていました。70年安保闘争が小学校5年、連合赤軍のあさま山荘事件が中学校3年のときという社会環境も影響しているかもしれません。

 高校に入るとまわりにそのような人が少なくなりました。高校入試で選抜されてきていることと、親や教師も決して絶対的な権力者ではなく、さらなる権威はその上にいて、親や教師も自分たちとあまり変わらないのだと気づくこともありました。批判の矛先は、親や教師から政府に向かっていきました。

 大学に入るとその傾向はさらに顕著になりましたが、一方、新左翼の立看板やアジ演説を見聞きし、革マル派と中核派の内ゲバのニュースを耳にする機会が増えました。

 会社に入ると様相はガラリと変わりました。基本は上司の指示に疑問も持たずに従う人だけのように見えました。疑問を呈するときちんと説明する人もいますが、グズグズ言わずに言われたことだけやれというような人もいます。技術面で理論的に説明のしやすいところでは前者となりますが、営業方針のようにすぐに結果が見えないような面では後者が多くなります。

 結果として、私は周囲の人と比較した場合、不「まじめ」になってきたと感じています。

 本記事は、次の本を読んで感じたことです。

まじめの罠 (光文社新書)
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by ヨメレバ

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