ブログに書かれていることは、エントリなのか記事なのか、一部で論争になっていますが、言葉の定義の問題で本質は別のところにあります。
本質は、ブログに書くものは、何が読者に喜ばれるかという問題です。
ニュース
ニュースを主としたブログがあります。
多くのブログは、他のニュースソースからの転載です。そのニュースをより多くの人に知ってもらうというメリットがあります。
そのブログで紹介されなければ、埋もれてしまい、多くの人に知られなかったかもしれないニュースを広めるという効果です。
自らの取材でブログを書く人もいるかもしれませんが、プロの記者に速報性・正確性などで太刀打ちすることは困難です。
意見
自らの意見を主としたブログもあります。
そこに書かれているのは、あくまでもその人の意見です。有名人であれば、その人が書いているということが、その内容の正当性を裏付けることになります。
無名の人では、書いてあることの妥当性を持って、読者に内容を判断してもらうことになります。
そこに書いてある事実関係に間違いがあれば、そのブログの信頼を無くすことになります。
書いてあることに妥当性がなければ、やはりブログの内容は胡散臭いものに思われます。
意見を主としたほとんどのブログは、その内容で読者にブログの価値を判断してもらうことになります。
その他
その他のブログとしてよくあるものは、個人の経験を書いたものです。
その経験が興味を引くものであれば、読者も増えます。
一般的な内容であれば、いわゆる日記ブログとなり、知り合いの人が読んでくれるぐらいです。
芸能人ブログは、ファンが大勢いる芸能人であるから、日記ブログであっても読者がたくさんつきます。
まとめ
ニュースは記事と呼び、意見はエントリだという意見もありますが、「記事のことをエントリということがある」と説明したサイトもあります。
ブログやWikiなどに投稿された個々の記事のことをエントリーということがある。この用法では特に「エントリ」と末尾を伸ばさない記法が慣例的によく用いられる。
どちらにしろ、記事と呼ぶかエントリと呼ぶかは本質的な問題ではありません。
ブログに書かれたことは、その著者が責任を負うべきことです。間違ったことを書けば信頼を失います。
読者は、マスコミの報道か個人のブログかを問わず、その内容をもって書かれていることの妥当性を判断しなければなりません。
書かれていることを無条件に信じてしまうような態度では、現代社会を生き抜いていくことはできません。