Twitterでの議論の無意味さ

そのツイート、玄関に貼れますか

ブログに書かれた意見について、Twitterで反論する人がいます。ところが、Twitterは140文字の制限があります。ほとんどの場合、断片的なコメント程度で、きちんとした反論になっていません。罵詈雑言だけを投げつける人も珍しくありません。

ブログの初心者の中には、それでブログをやめてしまう人もいます。

慣れた人は、意図的に突っ込まれやすいようなタイトルや文章にして、ブログのアクセスを増やそうとします。そんな人もTwitterに対応しているうちにイヤになり、しばらくすると対応をやめてしまいます。

そんなTwitterで行われるコメントには次のような特徴があります。

言葉尻をとらえる

タイトルや本文の一部の言葉だけに注目し、そこに反論しています。おそらく文章全体を読んでいません。目についた言葉に脊髄反射的に反応しているだけで、文章全体の趣旨を理解した上での反論ではありません。

揚げ足取りであったり、重箱の隅をつつくような反論です。多くの場合、無意味な反論となっています。

ブログを書いた側からは、「きちんとブログを読んでくれ」という対応になります。

深く考えていない

理解が浅いための反論です。ブログの著者の文章を理解していないための反論です。

理解するための基礎知識が不足している場合と、理解力が不足している場合があります。

基礎知識が不足している場合は、その指摘がブログ著者からあることもあります。

理解力が不足している場合は、理解するためには、理解力にあわせたていねいでわかりやすい説明が必要です。ほとんどのブログ著者は、そこに手間をかけていられません。相手の理解力がどの程度であるかが、すぐにはわからないためです。

カテゴライズする

カテゴライズされた言葉を投げつける人もいます。

世の中のことや他人のことを考えるときに、自分の頭の中にある典型的なものにあてはめる人がよくやることです。思考の硬直した人がよく犯す誤りです。

自分がすでに知っていること以外のことは、この方法で考えることはできません。既存のタイプに当てはまるものは、一部のものだけです。新しい考え方などは、既存の思考のタイプや考え方の枠組みに収まりません。

そこを無理矢理に押し込めるためにおかしなことになります。

新しい酒は新しい革袋に入れなければなりません。

おわりに

Twitterのツイートをいくつも連ねて、意見を表明する人もいます。そのひとつが引用リツイートされたりすると、引用リツイートだけを見た人にはわからなくなります。

そのうえに上記のような問題があります。Twitterは議論にはまったく向きません。複雑なことを書くには短すぎます。簡単な感想などをつぶやく程度で使うのが適当です。

Twitterをまとめたブログなどもありますが、ほとんどが断片的な意見の寄せ集めで、役に立ちません。こんなにたくさん、断片的なツイートをする人がいるのかという感想を持つ程度です。

Twitterでの不毛な議論はムダです。

自分の意見の表明は、ブログで行うのが適切です。削除しない限り、何年たっても誰もが検索で見つけることができます。意見表明はブログを使って行うようにしていものです。

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