入試は変わるか

 大学は、多様な学生がほしいようです。しかし、そのためのAO入試では、入学後の学力が問題となっているそうです。

 苦し紛れに「サイコロ入試」なるものを提唱している教授もいます。大規模な大学では、当落線上に数百人の受験生が集中します。そのわずかな点差で合否を決めることは無意味であるから、試験場でサイコロを振り、出た目を点数に加えるというものです。それでも結果はあまり変わらないという以上の意味はありません。

 仮に、最初からくじ引きで合否を決めるということを行った場合、手間はかかりません。その代わり、入学後の学力問題は、AO入試の比ではなくなります。

 社会や大学に貢献した人の子弟を優先するということを言う人もいます。入学後の学力問題だけでなく、金が飛び交う入試になることは間違いないでしょう。大学が、誰かの子弟を優先的に入学させるならば、その大学の学力は低下し、優秀な学生からは敬遠されます。

 点数こそが公平という風潮に不満があるのでしょうが、点数以上に公平なものは、存在しないのが現実です。

 中学や高校の学期末の通知表では、テストの成績だけではなく、生徒の態度、意欲などを点数化したものも含まれるため、テストの成績が良くても5がもらえないという不満も耳にします。

 日本の過去の発展には、門地や財産によらず優秀でさえあれば最高学府に行けるという制度が、大きく寄与しています。子供の頃から塾に通い、中高一貫校で大学入試に特化した勉強をすれば有利ではありますが、そうしなければ難関校に入学できないわけではありません。

 大学は、学生が優秀であるかどうかを見極めるため、試験の適正化に最大限の努力を払うべきです。少なくともインターネットで検索したり、問い合わせたりするだけで、回答できるような問題は、出すべきではありません。

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